ホメオパシーの謎を解く(パート1)
パート1
グルジェフの荒治療
フリッツ・ピータースという名の、当時13歳だった男が、彼の師匠であるロシアの神秘家グルジェフとの間に起きたこんなエピソードを伝えている。
高次の意識を覚醒させるための修行場として、フランスのフォンテーヌブロー・アヴォンに建てられたグルジェフの道場「プリオーレ(人間の調和的発展のためのグルジェフ研究所)」において、ピータースはいつものように夕食の支度をしていた。そのとき、誤って熱湯を右腕全体にかけてしまった。悲鳴がキッチンにとどろき、驚きあわてたシェフが医者を呼びに飛び出していった。すると突然、そこにグルジェフが入ってきた。
「大股で歩いて私のところに来ると、私をストーブの所へ引き寄せ、ストーブの鉄の輪をはずし、真っ赤に燃える火を露出させた。グルジェフは私のやけどした腕をつかみ、全身の力でその腕を押さえ、むきだしの火の上にかざした……」
それはわずかな時間だったが、激痛にもだえる少年にとっては永遠に等しかった。
グルジェフは腕を放すと、“火には火で戦う”のが適切な方法であるといった。
「こうすれば、腕に傷あとは残らない。やけどはもう治った」
後にピータースは、次のように回想している。
「やけどのあとが残らなかったばかりか、痛みもなかったし、やけどした痕跡すら残らなかった……」
ゲオルギイ・イヴァノヴィチ・グルジエフ
(1866年−1949年) ロシアの神秘思想家。
世界各地を放浪して、さまざまな神秘主義を学び、後に高次の意識を覚醒させる道場を開いて弟子を指導した。おそらく、放浪時代にホメオパシーか、それに類する原理を学んだのだと思われる。
従来の科学理論を覆すホメオパシーの治癒原理
ヨーロッパ各地を放浪し、秘教の数々を学んだグルジェフは、怪我や病気を癒すための、ある神秘的な技術を身につけていたと思われる。以上のエピソードは、その治癒の原理を応用したものであることに間違いはない。その治癒の原理はこう呼ばれている。
「ホメオパシー(Homeopathy)」
ラテン語で「Homeo」は「同類」、「pathy」は「苦しみ」という意味だ。弟子のやけどを治したのは、まさにこのホメオパシーの原理であった。
邦訳すれば「同類療法」、「同毒療法」となる。ホメオパシーの治癒が「病気の症状(苦しみ)と似た症状を起こさせるものが病気を癒す」という原理に基づいていることに由来する。いわば「毒をもって毒を制す」というわけだ。
冒頭の例でいえば、やけどをしたら水で冷やすのが常識と考えられているが、グルジェフは逆に火であぶったのだ。まるで症状をひどくさせているようにさえ見えるが、予想に反してやけどは、痛みも跡も残らずに治ったのである。
実際、ホメオパシーにおいては、やけどをしたときには耐えられる限りの熱い湯の中に患部を浸すべきだとする。こうすると治りが早く跡も残りにくくなるというのだ。
今日、ホメオパシーは、針・灸・マッサージ・漢方・アロマ、気功といった「代替医療」のひとつに位置づけられている。200年前にドイツで生まれたこの療法は、現在ではほぼ世界中に知られ、アメリカ合衆国、ヨーロッパ、カナダ、インド、ラテンアメリカ、オーストラリア、イスラエル、ブラジルなどの国々では、もっとも身近で信頼できる医療として高く評価されている。特にフランスでは、国民が薬に使う年間費用の約三分の一がホメオパシーの薬であるといわれ(残りはいわゆる一般医学の薬)、ホメオパシー医療は医師の免許がある者しか行ってはならないと法律で定められている。しかし実際には医師ではないホメオパシー療法家(ホメオパスと呼ばれる)が、国民の支持を得て活躍しており、医師の免許がなくてもホメオパシー療法を認める法改正の動きがある。
イギリスでは、王室が古くからホメオパシーを愛用し、王立のホメオパシー病院もあるほどだ。インドでは、ホメオパシーは医療の中心的な役割を担っており、あの偉大な詩人タゴール、思想家クリシュナムルティなどもホメオパシー治療を受けていた。ガンジーなどは次のように絶賛している。
「ホメオパシーは、他のどの治療法より多くの病気に効き、まったく安全で経済的である。これ以上の完璧な医療はない」
ある統計によれば、ドイツで25パーセント、オランダで45パーセント、フランスで50パーセント、インドでは55パーセントの医師がホメオパシーを処方している。イギリスでは80パーセントの家庭がホメオパシーを有効と評価し、スコットランドでは69パーセントの家庭医がホメオパシーを患者に処方している。WHOによるデータでは、世界でもっとも広く用いられている初期段階での医療は、一位が漢方薬、二位にホメオパシーとなっており、三位がハーブ、四位になって「一般的な薬」である化学製剤が続いている。
これほど世界的に知られたホメオパシーであるが、日本では、名前さえ聞いたことがない人々が大半である。その後進国ぶりは深刻とさえいえるが、それでも最近になり、ようやく本格的に紹介されるようになってきた。特にこの5年ほどの進展はめざましく、多くの書籍が出版され、ホメオパスを育成する学校や協会が誕生し、医師を中心にした「日本ホメオパシー医学会」も設立されている。
現在、日本にどのくらいの数のホメオパス、あるいはホメオパシーを処方する医師が活躍しているのか正確な数は不明だが、癌治療に代替医療を積極的に取り入れている埼玉県川越市にある帯津病院の帯津良一院長など、著名な医師たちが、ホメオパシーを活用して大きな効果をあげている。
薬効がないのに効くホメオパシーのミステリー
それでも、全体的にみるなら、日本の医療関係者はホメオパシーに対していまひとつ積極的ではないようだ。これほど世界的な評価を受けているのなら、もっと前向きに導入されてもよさそうなものなのだが、その理由は何なのだろうか?
その大きな理由のひとつは、ホメオパシーがなぜ効くのかわからない、という点にあると思われる。
ホメオパシーの薬がなぜ効くのか、わかっていないのだ。
もちろん、一般医学の中でも、効果は認められるが化学的なメカニズムはよくわからないという薬もないわけではない。ところが、ホメオパシーの場合、もっと根本的な、科学の基本的な原理から見て、とうていあり得ない治癒メカニズムが働いているようなのだ。
というのは、ホメオパシーの薬には、薬効成分がまったく含まれていないからである。
化学的には“ただの水”であり、その“ただの水”を乳糖粒に浸したもの、それが「レメディ」と呼ばれるホメオパシーの薬の正体なのである。当然のことだが、そのレメディを分析しても、そこから検出されるのは、乳糖(ラクトース)の成分だけである。
薬効成分がまったく存在していないのに効くというのは、どういうことなのか?
しかも、レメディの服用は1回に1粒、それも口の中でゆっくりなめるだけである。これで効いてしまうのだ。通常の場合、経口薬が効くのは、それを飲み込んで薬効成分が胃腸から吸収され、血流に入り込むことによってであるが、レメディはなめるだけなのである。唾液に溶けて飲み込んだ成分が吸収されて効くのでもなさそうだ。というのは、「レメディを口に入れた瞬間に効いた」と訴える患者も少なくないからである。
小さな粒をたったひとつ口にするだけで治癒効果が発揮されるというのは、薬づけに慣れているわれわれ現代人からすると、非常に不思議であり、奇異に感じられるだろう。
確かに、一般医学の薬の多くは、薬そのものの薬効により、体内に化学的な変化を与えることで症状を直接的にコントロールするものだ。そのため、ある程度の量を必要とするし、一般的には、服用する量が多いほど強く作用するようになる。
ところが、ホメオパシーのレメディの場合、その薬効は、一粒口に入れようと、10粒口に入れようと変わらない。また、大量に服用したからといって副作用もない。
このように、科学の常識を根底から揺さぶるようなホメオパシーの治癒効果に対し、当然といえば当然だが、数多くの疑念や批判が浴びせられてきた。しかし、なぜ効くのはわからなくても、効くということは、世界中の人々によって認められている動かしがたい事実なのである。
市販されているホメオパシーの薬、レメディ。写真はタブレット・タイプ。英国エインズワース社のもの。
レメディの数は次々に増えており、現在のところ、3500種類ほどのレメディが売られている。
ホメオパシーから「新たな科学理論」が発見される可能性
こうなると考えられるのは、ホメオパシーの効果とは、単なるプラシーボ(偽薬)、すなわち暗示によるものではないのかということだ。
しかしながら、ホメオパシーの効果は暗示によるものではないことは証明されている。詳細は後に触れるが、プラシーボとホメオパシーとを二重盲検法(被験者側のみならず被験者に薬を与える側も、どちらが本物の薬なのか知らせないで行われる検査方法)によって対称実験した結果、ホメオパシーにはプラシーボを越える効果のあることが判明している。ホメオパシーの治癒効果は、決して心理的な暗示によるものではないのだ。あきらかに、そこには「薬効」が宿っているのである。
だが、どうして薬効成分がないのに薬効があるのだろうか?
これがホメオパシーのミステリーであり、今なお議論を呼んでいるところなのだ。
とりわけ日本のように、これまで身近な体験としてホメオパシーの効果を知る機会がほとんどなく、さらには唯物的な西洋医学の洗礼を受けてきた医師や科学者が(薬効がないのに効くという)ホメオパシーに対して否定的になるのも無理はないだろう。
しかし、「事実は理論に先立つ」のである。
いくら理論的にあり得ないからといって、事実がその存在を証明しているのであれば、理論は事実に道を譲らなければならない。理論の方を改めなければならないのだ。
言い換えれば、ホメオパシーには、従来の科学理論を根底から覆す「新たな科学理論」が存在していることを、われわれに告げているのだともいえる。
いったい、ホメオパシーに潜んでいる「新たな科学理論」とは何なのか?
本記事では、それを念頭に入れながら、ホメオパシーの謎に挑んでいくことにしよう。
レメディは、マザー・ティンクチャーと呼ばれる希釈液を蔗糖の粒などに浸したものが一般的である。
A=ピル・タイプ
B=タブレット・タイプ
C=顆粒・タイプ
D=ソフト・タブレット・タイプ