HOME書庫探求の光

                    探求の光(第12話)


 道を求める限り道は歩めない

 
いくつも山を越えて、私は小さな町にたどり着いた。日はすでに暮れ、どこかで飢えを満たすことにした。しかし街路は暗く、明かりが漏れている店といえば、小さな居酒屋しかなかった。「仕方ない。求道者である私は酒など飲まないが、軽食くらいはあるだろう」。そう思いながら足を踏み入れた。
 たばこの煙でくすんだ店内には、何人かの男性客がいて、下品な笑い声をときおり発しながら、ああでもない、こうでもないと酒を飲み、乾燥した肉をほおばっていた。私は店の片隅に座ってパスタを注文し、その間、彼らの様子を何とはなしに見つめていた。
 何の意味も発展もない、くだらない雑談、これを毎日のように繰り返す人生、それは無駄ではないだろうかと私は思った。彼らには、理想を追い求める気持ちはないのだろうか? 神だとか、人類愛といった崇高なものに憧れ、それを何とか我がものにしたいという気持ちがないのだろうか? そうした理想を愛する気持ちがない人生なんて、ただ時間を無駄に費やしているにすぎないのではないか? 彼らは、この人類に対して、何の貢献もしていないのではないか? 彼らがこの地上に存在する意味なんて、まるでないのではないだろうか?
 そんなことを考えていると、くすんだ天井から天使が降りてきた。
 「へえ、君たちはこんな汚いところでも降りてくるんだね、意外だなあ」
 皮肉っぽくそういうと、彼らは一瞬、意味がわからない様子できょとんとしたが、やがて左の天使が語り始めた。
 「人間は、常に道を求めて前進しなければなりません。この地上に生まれ、存在しているのは、ここで果たすべき目的や使命があるからです。それを自覚するべく、人は求道的に生きなければなりません。だから時間を無駄にしてはいけません。つまらないことに時間を浪費することは許されません。時間は大切です。意義のある、密度の濃い時間をすごすように、常に意識的に努力を続けなさい」
 私はその通りだと思い、時間を意味なく費やしているような連中のいるこんなところから早く出ようと、運ばれてきたパスタをかきこんですぐに店を後にした。
 しばらく歩いていると、教会が見えた。中を覗くと、神父さんが信者を相手に説教をしていた。
 「そうだ、このような集まりこそが、求道を志す私にふさわしいところだ」
 私は中に入り、最後列の席に腰掛けて説教を聞いた。「人生でもっとも大切なのは、困っている人に愛を捧げる生き方です。そういう生き方こそが、もっとも価値ある生き方なのです」と話していた。信者たちはうなづきながら耳を傾けていた。
 やがて説教が終わったので、私は外に出た。
 すると、いつのまにか雨が降っていた。困った。私は傘をもっていない。
 どうしようかなと腕を組んで困り果てている私の方をチラリと見つめながら、信者たちは外に出ていった。みんな天気のことは知っていたようで、持ってきた傘を開き、無言でうつむきながら去っていった。まもなく教会にはだれもいなくなり、私はひとり取り残され、やがて明かりが消えた。
 仕方がないので、濡れていくことにした。私は雨の中をとぼとぼと歩き始めた。
 すると、だれかの呼び止める声が聞こえた。「おーい!」
 振り返ると、先ほどあの居酒屋にいた連中のひとりだった。
 「傘、もってないのか?」。
 私がうなづくと、赤い顔をしたその男は自分のもっていた傘を私に手渡した。
 「もっていけよ」
 「だって、そうしたらあなたが濡れてしまうではありませんか」
 その言葉が言い終わらないうちに、男はそのまま小走りに闇の中に消えていった。
 あっけにとられて立ちすくんでいると、再び天使が舞い降りてきた。
 右の天使がいった。
 「道を求めている限り、道を歩むことはできません。道を探している限り、道を歩むことはできません。それよりも、道を愛しなさい。道を愛するとき、人は道の上にいるからです。ただ、道を歩きなさい・・・」

このページのトップへ