【訳者からのメッセージ】
『ビルマ1946 ― 独立前夜の物語 ― 』について
<テインペーミン著/南田みどり訳>
『ビルマ1946 独立前夜の物語』(初版1949年、3版63年)は幻の名作として名高かった。印刷物の事前検閲解除にともない、2013年1月に50年の封印を解いてそれは復刊された。
本書は、抗日闘争勝利の余韻の残る1945年6月に始まり、抗日統一戦線パサパラを支えた社共両党が、対立を激化させた後、かすかな歩み寄りの兆しを見せる1947年6月までの史実を骨子とする。そして、エーヤーワディー(イラワジ)・デルタの小村を舞台に、中央政界の動向に翻弄される共産党員の教師と社会党員の軍人の愛、アウンサン将軍を敬愛するあまり社会党員となって地主の父に反逆する娘、非業の死を遂げる農業労働者など、時代の波間に漂いながら新しい社会の建設を模索する群像をちりばめる。
作者テインペーミン(1914−78)の作品は、いくつかが英語、中国語、日本語などに訳されるビルマ有数の作家である。同時に彼は著名な政治家、ジャーナリストとしても名を成し、文学と政治のはざまを駆け抜けた。彼は日本軍の侵入時にインドに亡命して抗日闘争に従事し、ビルマ共産党書記長として帰国後、1948年の共産党の武装蜂起時に離党して、獄中でこの独立前夜の物語を書いた。
1946年という年には、その後のビルマの運命を決定付けるさまざまな要素が含まれる。この年9月、完全独立を求める民衆のうねりは、労働者や農民だけでなく警官も加わる大規模なゼネストに発展した。団結の要はパサパラ総裁アウンサンの存在だった。10月、植民地政府はアウンサンを取り込み、パサパラ構成員を含む行政参事会を発足させ、パサパラ内部の左翼の団結は加速度的に崩壊していく。テインペーミンは、左翼団結の回復こそ内戦回避の鍵ととらえ、痛恨の思いで、地方の民衆の視点からこの時期を俯瞰した。
1946年と2016年。この70年の時空を埋めるのは、アウンサン父娘である。2015年の選挙で、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟が勝利し、2016年に新政府が発足した。しかし、『ビルマ1946』に描かれたような農民問題や民族問題は、長い軍事独裁の負の遺産としていまも尾を引いている。1946年の民衆のアウンサンへの熱い思いは、そのまま2016年の民衆がアウンサンスーチーに寄せる熱烈な期待に重なり合う。
『ビルマ1946 独立前夜の物語』が、ミャンマー現代社会のなりたちとそこに住むひとびとの心の営為を理解する手がかりとなれば、訳者冥利に尽きるというものである。
2016年10月
南田みどり(大阪大学名誉教授)