本書は、現代イランを代表する七人の女性作家による短編をそれぞれ一編ずつ、ペルシア語から翻訳した作品集である。
革命と戦禍を逃れて故国を離れ、自分一人分の居場所を求めて彷徨う老夫人の孤独に寄り添った「天空の家」(ゴリー・タラッキー)、ペルシア湾岸の漁村を舞台に児童婚の悲劇を描いた「長い夜」(モニールー・ラヴァーニープール)、男運の悪さにもめげず逞しく生きる女性を、元雇い主の教師が皮肉な目で見つめた「アニース」(スィーミーン・ダーネシュヴァル)、戦傷者でごった返す病院で、幼子を残して死にゆく女性の心情を丁寧に追った「小さな秘密」(ファルホンデ・アーガーイー)、何事にも優柔不断な娘が、ひょんなことから腕を磨いた染み抜き術で結婚の失敗という人生の“染み”に立ち向かう「染み」(ゾヤ・ピールザード)、家族の間の心の機微や親しい人の死がもたらす喪失感を、深刻ぶらずユーモラスに描いた「見渡す限り」(ファリーバー・ヴァフィー)、そして、閉塞的な社会の中で、真実に目を閉ざして生きざるを得ない人々の状況を象徴的に表現した「アトラス」(シーヴァー・アラストゥーイー)――1979年のイスラーム革命以降に発表された、それぞれに趣きの異なるこれらの作品からは、今を生きるイラン女性たちの息づかいが、すぐ隣にいるかのように伝わってくる。
革命により、王制時代の西欧化路線から百八十度舵を切り、シーア派イスラームを国の根幹に置く社会へと様変わりしたイランであるが、意外にも1980年代以降、女性の社会進出が進んだ。ヘジャーブと呼ばれるイスラーム的服装となることで男性と肩を並べて働き、宗教法の復活による法的不平等を根気よく改善しながら、女性たちは社会における発言力を増していったのである。
文学の分野でも、ある女性作家が、「私に無理にヘジャーブを被せようというなら、それに対抗できるのはペンだけなのだ、私は書くしかないのだと思った」と語っているように、革命は彼女たちの文学的闘争心に火を付けた。質の高い作品が増加し、国内の主だった文学賞に選ばれたり、欧米で翻訳作品がさまざまな賞を受賞したりするケースも珍しくなくなった。そんな実力派の女性作家たちの作品を精選したのが、この作品集である。
女性の手になる小説のペルシア語からの邦訳が本の形になるのは、これが初めてである。読者が現代イランの重層的な魅力を知るきっかけの書となれば幸いである。
2014年 春
藤元 優子(大阪大学言語文化研究科・教授)