天空の家
 ―イラン女性作家選―
ゴリー・タラッキー 他 著(イラン)
藤元優子 編訳

( 現代アジアの女性作家秀作シリーズ )
段々社(発行) 星雲社(発売)
本体2,000円 四六判 上製 240頁
発行日 2014年5月10日
ISBN978-4-434-18878-7 C0397

定価(本体2,000円+税)
購入数 (送料無料)
[現在の買物カゴの中身を表示]

イランを代表する女性作家 7人が紡ぐ7つの物語

椅子ひとつ分の“安住の地”を求め、テヘランからパリ、ロンドン、カナダへと 向かうマヒ―ン夫人。革命と戦禍を逃れひとり彷徨う老夫人の孤独に寄り添う表題作。 ふとしたことから染み取りに夢中になった女性が自らの人生の“染み”と向き合う「染み」など、、趣きの異なる7編を収録。

1979年の革命、8年間に及ぶイラクとの戦争、王制からイスラーム共和制へ‥‥激動の 波に翻弄される女性たちの生の諸相を、イランを代表する女性作家7人が鮮烈に描く 短編小説集。日本で初めて翻訳されるペルシア語イラン女性文学。


【 著者紹介 】

 「天空の家」
ゴリー・タラッキー

1939年テヘラン生まれ。父は著名な雑誌『進歩(タラッキー)』の出版者。16歳で渡米、大学で哲学を学んだ後、帰国。政府機関勤務を経て60年代からテヘラン大学で教鞭を執りつつ執筆活動を開始。革命後はパリに在住し、時折帰国している。英、仏、伊語などへの翻訳によって欧米各国でも著名で、フランス芸術文化勲章を受章した他、2009年スタンフォード大学の「ビーター文学・自由」賞を受賞。革命前から活動する女性作家の重鎮のひとりである。



ゴリー・タラッキー

 「長い夜」
モニールー・ラヴァーニープール

1952年ペルシア湾岸の小村ジョフレ生まれ。シーラーズ大学卒業後米国に留学するが、革命を期に帰国。政治活動により弾圧され、逮捕・拘禁も経験した。本作品を含む短編集『キャニーズー』(1988)を皮切りに本格的に創作を開始。演劇活動にも携わる。作品は英、独、仏、スウェーデン、トルコ、アラビア、クルド、中国語などに翻訳されている。短編「ラアナー」で2003年イラン最高の文学賞ゴルシーリー文学賞受賞。2006年渡米、ネヴァダ大学の「亡命の町」プログラムなどの援助を受け、現在も米国在住。世界各地のイラン人作家と「ロマ(コウリーハー)」と名付けた文学サークルをネット上に展開中。

モニール・ラヴァーニープール

 「アニース」
スィーミーン・ダーネシュヴァル

1921年南部シーラーズ生まれ。苦学してテヘラン大学で博士号を取得。本格的女性作家として認められた最初の人物で、大学で教鞭を執りながら著作活動を行う。夫で作家のジャラール・アーレ=アフマドの早世直後に出版した長編『サヴーシューン』(1969)で名声を確立。この作品は50万部以上を売り上げた名作で、15カ国語に翻訳される。晩年まで活発に執筆活動を続け、チェーホフやサロヤンなどの翻訳でも知られる。気品ある女性作家として敬愛され、イラン作家協会会長も務めた。2012年没。


スィーミーン・ダーネシュヴァル

 「小さな秘密」
ファルホンデ・アーガーイー

1956年テヘラン生まれ。大学で経営学と社会学を学び、銀行勤務を経て現在は執筆活動に専念。「小さな秘密」は処女作だが、イラン・イラク戦争を扱ったため検閲にかかり、10年後の93年にようやく日の目を見た。これを表題作とする短編集で同年「太陽のペン」賞、99年「革命後20年の小説」賞を受賞。またアルメニア人のホームレス女性の日記の形で綴られた長編『悪魔から学び、焼いた』(2005)で2007年「ジャーナリズム評論家・作家」賞受賞。



ファルホンデ・アーガーイー

 「染み」
ゾヤ・ピールザード

1952年南部アーバーダーン生まれ。母がアルメニア人のため、テヘランのアルメニア人学校で教育を受けた。日系企業で働いた経験もある。91年に作家デビュー。『柿の渋み』(1997)で99年「革命後20年の小説」賞、初の長編『灯りを消すのは私』(2001)で2002年ゴルシーリー文学賞などを受賞。俳句選集『蛙飛び込む水の音』や『不思議の国のアリス』のペルシア語訳もある。全作品が仏語訳されている数少ない作家の一人で、『柿の渋み』の仏語訳で2009年国際クーリエ賞受賞。多くの作品が英、独、伊、スペイン、ギリシア、トルコ、グルジア語などに翻訳されている。


ゾヤ・ピールザード

 「見渡す限り」
ファリーバー・ヴァフィー

1963年北西部タブリーズのトルコ系家庭に生まれる。文学とは無縁の環境で作家を志すが、生活のため高卒後、縫製工場、看護学校に勤務。警察学校学生、女性監獄看守などを経て結婚。主婦業の傍ら執筆活動に励み、長編『わたしの小鳥』(2002)が2003年ゴルシーリー文学賞他数々の文学賞を受賞。この作品は、英、独、伊語に翻訳される。長編『チベットの夢』(2005)も幾つかの文学賞を受賞。長編『路地の秘密』(2007)は仏語訳され、他に複数の短編が英、露、スウェーデン、トルコ語などに翻訳されている。「見渡す限り」は3作目の短編集(2011)の表題作。



ファリーバー・ヴァフィー

 「アトラス」
シーヴァー・アラストゥーイー

1962年テヘラン生まれ。対イラク戦争で看護活動に従事。大学では英語を専攻。91年に作家デビューしたが、詩人、災害救助ボランティア、女優、ボディビルディングのコーチなど多彩な顔をもつ。短編集『太陽と月はまた廻る』(1998)で2003年ゴルシーリー文学賞、ヤルダー文学賞受賞。長編『ビービー・シャハルザード』(2001)ではスウェーデン文学協会の奨学金を獲得。厳しい検閲に晒されてきたが、2013年、8年ぶりに長編『恐怖』を上梓、「アトラス」も同年ようやく文芸誌に発表された。

 


シーヴァー・アラストゥーイー


【訳者からのメッセージ】

『天空の家−イラン女性作家選−』について
〈ゴリー・タラッキー他/藤元優子編訳〉

 本書は、現代イランを代表する七人の女性作家による短編をそれぞれ一編ずつ、ペルシア語から翻訳した作品集である。

 革命と戦禍を逃れて故国を離れ、自分一人分の居場所を求めて彷徨う老夫人の孤独に寄り添った「天空の家」(ゴリー・タラッキー)、ペルシア湾岸の漁村を舞台に児童婚の悲劇を描いた「長い夜」(モニールー・ラヴァーニープール)、男運の悪さにもめげず逞しく生きる女性を、元雇い主の教師が皮肉な目で見つめた「アニース」(スィーミーン・ダーネシュヴァル)、戦傷者でごった返す病院で、幼子を残して死にゆく女性の心情を丁寧に追った「小さな秘密」(ファルホンデ・アーガーイー)、何事にも優柔不断な娘が、ひょんなことから腕を磨いた染み抜き術で結婚の失敗という人生の“染み”に立ち向かう「染み」(ゾヤ・ピールザード)、家族の間の心の機微や親しい人の死がもたらす喪失感を、深刻ぶらずユーモラスに描いた「見渡す限り」(ファリーバー・ヴァフィー)、そして、閉塞的な社会の中で、真実に目を閉ざして生きざるを得ない人々の状況を象徴的に表現した「アトラス」(シーヴァー・アラストゥーイー)――1979年のイスラーム革命以降に発表された、それぞれに趣きの異なるこれらの作品からは、今を生きるイラン女性たちの息づかいが、すぐ隣にいるかのように伝わってくる。

 革命により、王制時代の西欧化路線から百八十度舵を切り、シーア派イスラームを国の根幹に置く社会へと様変わりしたイランであるが、意外にも1980年代以降、女性の社会進出が進んだ。ヘジャーブと呼ばれるイスラーム的服装となることで男性と肩を並べて働き、宗教法の復活による法的不平等を根気よく改善しながら、女性たちは社会における発言力を増していったのである。

 文学の分野でも、ある女性作家が、「私に無理にヘジャーブを被せようというなら、それに対抗できるのはペンだけなのだ、私は書くしかないのだと思った」と語っているように、革命は彼女たちの文学的闘争心に火を付けた。質の高い作品が増加し、国内の主だった文学賞に選ばれたり、欧米で翻訳作品がさまざまな賞を受賞したりするケースも珍しくなくなった。そんな実力派の女性作家たちの作品を精選したのが、この作品集である。

 女性の手になる小説のペルシア語からの邦訳が本の形になるのは、これが初めてである。読者が現代イランの重層的な魅力を知るきっかけの書となれば幸いである。

      2014年 春
藤元 優子(大阪大学言語文化研究科・教授)