【訳者からのメッセージ】
『鳥のおくりもの』
<ウン・ヒギョン著/橋本智保訳>
本書は日本でもお馴染みの韓国女性作家、ウン・ヒギョンのデビュー作 『鳥のおくりもの』(文学トンネ、1995年)の全訳である。物語は語り手の少女、ジニが堂々とこう宣言するところから始まる。―「私は生をあまりにも早く完成させたようだ。……12歳で、私は成長することをやめてしまった」。
この物語は38歳になったジニが12歳の自分を回想して語るスタイルをとっている。物語の背景となる時代は1969年。朴正煕大統領の軍事政権下にあり、当時、セマウル運動という名で急速な経済発展を遂げていた。両親のいないジニが祖母と若い叔母と一緒に暮らしている地方の町も例外ではなく、大きな工場が建てられ人々の生活に変化が現れていた。
ジニは幼くして自分の生が好意的ではないことを知り、生の裏面を見るようになる。幼いジニの目に映る大人たちの生は、お手本にしたいと思わせるどころか、どこか滑稽であり、嘘と偽善に満ちていた。本書にはそんな大人たちの生や、当時の世相がユーモラスに、そしてシニカルに描かれている。
『鳥のおくりもの』が韓国で出版されて25年が過ぎたが、ウン・ヒギョンの作品は出るたびにベストセラーとなり、多くの読者に支持されている。彼女の描く結婚、家族、友情、人間関係における孤独や痛み、喪失などのテーマに、訳者を含め、同時代を生きる人々が共感するからだろう。小説の中の1960年代は、女性が自立して生きるには難しい時代であり、世の中は暴力に満ちていた。いまでも時代を超えて多くの読者に愛されている本書は、1969年を2019年に置き換えても何の違和感もなく、いまの時代は果たしてどうなのかと読者に問いかけてくる。
小説家ウン・ヒギョンの名前を広く知らせることになった、90年代を代表する『鳥のおくりもの』を、日本の読者の方々に楽しんでいただけたら幸いである。
ウン・ヒギョンワールドにようこそ。
2019年 10月
橋本智保(翻訳者)