サヤン、シンガポール
 ―アルフィアン短編集―
アルフィアン・サアット著 (シンガポール)
幸節みゆき 訳

(アジア文学館)シリーズ
段々社(発行) 星雲社(発売)
本体1,900円 四六判 248頁
発行 2015年2月
ISBN978-4-434-20110-3 C0397

定価(本体1,900円+税)
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繁栄の陰に生きる名もなき人々の物語

多様な民族、文化、宗教、言語が交錯し、繁栄を続けるシンガポールで、成功とは無縁にひっそりと不器用に生きる人々・・・・・・公営アパートの老女、落ちこぼれのマレー系の少年、離婚したゲイの中年男、投資話に遭遇した若いカップルなど、名もなきシンガポーリアンたちの姿を、気鋭の作家が慈しみをこめて描く、ちょっぴり切ない味わいの12編を収録。


【 著者紹介 】

アルフィアン・サアット (Alfian Sa’at)

1977年生まれのマレー系シンガポーリアン。 シンガポール随一の名門中等学校からジュ ニア・カレッジへと進み、シンガポール国 立大学医学部へ入学するが卒業はせず創作活動に専念。短編小説、詩、劇の各分野で幅広く活動し、数々の賞を受賞。1998年に第一詩集 『荒ぶる時』(One Fierce Hour)、99年に第一短編集『廊下』(Corridor 本書)を上梓。戯曲はドイツ語、スウェーデン語などに訳され、上演。現在は劇団W!ld Riceの座付き作家としても活躍中である。



ゴリー・タラッキー


【訳者からのメッセージ】

『サヤン、シンガポール― アルフィアン短編集 ―』について
(アルフィアン・サアット/幸節みゆき 訳)

 シンガポールは富裕層が多いと聞くと、彼の地で公演した歌舞伎スターがある週刊誌上で言っていた。背後にはこれみよがしの偉容/異様のマリーナ・ベイ・サンズ・ホテルがあった。成功と繁栄の都。なるほど、それがこの国の一般的イメージだろう。だがそれは、GDP、人口増加などといった数字的情報や観光客の目につきやすい街の賑わいぶりなどが喚起する漠然とした全体的イメージである。そこからその地に生きるシンガポーリアンたち一人一人の姿は想像できない。まして国家的成功の大いなる物語において、端役の端役でしかない人たちの顔は決して浮かんでこない。

 アルフィアン・サアットのこの短編集は、しかし、あからさまな格差社会に生きるこうした普通の人々の存在を読者に知らしめてくれる。自身マレー系シンガポーリアンとして民族的マイノリティに属する著者が描くのは、何らかの形で―経済的に、教育的に、社会的に、性的志向においてなど―成功物語の周縁にいる人間たちである。公営高層アパートで起きた殺人事件から人と人との繋がりに思いを巡らせる老女(「廊下」)、離婚してゲイとしてカミングアウトする決心をした中年男(「ディスコ」)、未来を約束された華人家庭教師とは対照的な落ちこぼれのマレー少年(「傘」)、インド系の女友達のために貯めたへそくりを夫に掠めとられてしまうマレー系の主婦(「誕生日」)など、どの物語も切ない。こうした人たちが生きる成長戦略ヴィジョンを追及する社会のありようを、アルフィアンは詩や戯曲において直截的に提示し告発するが、これらの短編においてはそのような大上段に構えた声高な語り口は取らない。彼は変幻自在に様々な登場人物となって語ることにより、シンガポール社会でどこか居心地の悪さを感じている人間たちを、彼らの内側から描き出しているのだ。シンガポールへの愛着ゆえに成長・成功のヴィジョンに替わるものを模索する過程での苦い想い、満たされぬ想いが、こうした報われぬ人々への切ない共感(サヤン)となって、シンガポールの内でシンガポールの外に存在することを可能にするアルフィアンの想像力を、創作へと突き動かしているに違いない。

 アルフィアンのこれら12の短編を通して、日本の読者にとってシンガポールのイメージがいささかでも顔のあるものとなり、多様性の中に生きることについての何がしかのヒントを与えてくれるならば幸いである。

      2015年 新春
幸節みゆき(大阪学院大学国際学部教授)