本書(原題『ダワ―ブータンのある野良犬の物語― 』)はブータンの女性作家クンサン・チョデン氏によって2004年に書かれました。
作品の内容を簡単に紹介しますと、満月を見てその完璧な姿に感動し自らをダワ(月の意味)と名付けた野良犬が長い旅で遭遇した、生・老・病・死の物語といえるでしょう。家族との突然の別れ、覚悟を決めて臨んだ遠吠え、リーダーとしての苦悩、発病、旅先で出会う個性豊かな犬たちとの交流、そして訪れる奇跡など、読み進めるにつれて様々な出来事が起こります。
ダワが次つぎに遭遇する課題をどう捉え、どう行動し、どう状況を変えていったのか。ダワを通じて多くの学びを得られる読者も少なくないと思います。また、作品中の「どのように変わりゆこうとも、それはすべて運命づけられている方向に進んでいるのだ」などという一文からは、ブータン人の考え方の根底にあるもの、ブータンの仏教に基づく世界観を垣間見ることができます。さらに役人、商人、村人、僧侶たちの人間臭い姿も描かれ、ブータンの置かれている実情を理解する上でも興味深い読み物だと思います。
著者のクンサン・チョデン氏は、ブータン初の女性作家といわれています。
1952年、ブータンの中央部ブムタン地方の旧領主の家柄に生まれた彼女は、インド、アメリカで心理学や社会学を学んだ後、ブータンで教職につき、その後国際機関に長年勤めました。生家が博物館となっており、創作活動の傍ら、館長として文化伝統の継承にも尽力しています。
著作には、民話や伝説、女性を主題とした小説、ブータンの生活・慣習をとりあげた作品等の他、2011年には2冊の児童書を上梓。現在も幅広い執筆活動を続けています。
なお邦訳作品には『ブータンの民話と伝説』(白水社、今枝由郎他訳)があります。
ところで近年、シャングリラ(桃源郷)と呼ばれることの多いブータン王国は、経済発展だけではなくGNH(国民総幸福度)という思想を掲げていることでも有名な国です。また2011年11月にはご成婚直後の第5代目国王がお后を伴って訪日されるなど、親日国としても知られています。
このGNH(Gross National Happiness)とは「国民が幸せを感じられる社会環境整備」を基準に開発を進めるというブータン独自の考え方のことです。ブータンでは国民の幸福を実現するために、「健全な経済発展と開発」「環境の保全と持続的な利用」「文化の保全と振興」「良い統治」の四つの視点から国家の政策の是非を判断しています。このような試みは日本をはじめ多くの国々から注目を集め、国や地方の行政、自治体の運営、そして企業の戦略としても応用されています。
生きるための智慧が詰まった本書は、そんなブータンから届いた日本人への贈り物です。
2011年11月吉日
平山修一(GNH研究所代表幹事)