ヒマラヤの風にのって
 ― 小さな12の物語 ―
ラスキン・ボンド 著 (インド)
鈴木千歳/青木せつ子 編

( アジアからの贈りものシリ−ズ )
段々社(発行)  星雲社(発売)
本体 1,700円 四六判・並製 180頁
発行日 2009年3月
ISBN 978-4-434-12756-4 C0097

定価(本体1,700円+税)
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盗みを働きながらも文章の書き方を習いたいと願う少年、口に残った種からさくらんぼの木を育てる祖父と少年、 開発で灰色になった山を見つめ新たな決意をする出稼ぎの少年…貧困、生と死、環境破壊など様々なテーマで、 インド北西部ヒマラヤの麓の少年たちをユーモアあふれる優しさで描く、インド児童文学の代表的作家による12編。


【 著者紹介 】

ラスキン・ボンド (Ruskin Bond, 1934)

1934年北インド生まれ。両親はイギリス人。40年以上、ヒマラヤの山麓地方に住み、その自然と人々をテーマに大人にも子どもにも楽しめる作品を書いている。1992年インド文学アカデミー賞受賞、1999年児童文学への貢献により国民栄誉賞受賞。インドを代表する児童文学作家の一人。

【訳者からのメッセージ】

インドは広大な国だ。日本の8・8倍の国土に、30以上の違った言葉を話す11億人以上の人々が住んでいる。緑豊かな河川デルタを持つ東部ベンガル地方、砂漠の広がる西部地方、椰子の林と白い砂浜に縁取られた南部の海岸から、ヒマラヤに続く山岳地帯まで、人々の生活は、気候風土や民族や宗教によって実にさまざまで、その多様性こそインドの大きな特徴といえる。近年インド・ブームのおかげで、「神秘と悠久の国」から「IT大国」へと変わってきたが、メディアの作るイメージはどうしても画一的だ。そうしたステレオタイプのインドとはちょっと違う世界がここにある。

ここに集めた12の作品の主な舞台は、インド北西部ヒマラヤ山麓にある村や町である。町の子ども、田舎の子ども、貧しい者、裕福な者、そして老人など、年齢も境遇もそれぞれ違う人々が登場するこれらの物語から、多様なインドの一端が垣間見られる。

未知の存在や異質な世界と出会い、自分を探して成長してゆく少年少女たちの物語。山地の自然への愛情を謳い、環境破壊への警鐘を鳴らす物語。この世に別れを告げる老人の内面を描き出した物語は、インドでは死さえも断絶ではなく継続なのだと感じさせる。インド人の大好きなお化け話は、不気味だったり愉快だったりで、超自然も生活の一部だ。そして、リアルな森の冒険や、寓話のようなユーモラスな物語。これらの作品の底に流れるものは、作者ラスキン・ボンドの人間への温かなまなざしであろう。詩聖タゴールの愛読者であるというボンドは、自然を愛し生命を大切にする心と、それぞれの立場で成長する少年少女への深い洞察を持って、ユーモアを交えながら、かれらの実相を描き出している。インド映画のような賑やかな娯楽性はないが、「インドの心」を語った優れた文学である。

ラスキン・ボンドは、1934年にインド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州でイギリス人の両親から生まれたが、生涯のほとんどをインドで暮らす、インド英語文学の代表作家である。わずか数年のイギリス滞在中に書いた処女作が、権威ある文学賞を受賞したことから作家になる決心をし、帰国後は新聞や雑誌に評論、随筆、詩などを寄稿してニューデリーで暮していたが、30歳を過ぎてから長年の夢だった山地での暮しを実現。以来、現在に至るまで40年以上、ヒマラヤ山麓ガルワール地方に住み、その自然と人々を愛し、大人にも子どもにも楽しめる心温まる作品を書いている。

1992年にインド文学アカデミー賞を、1999年には児童文学への貢献により国民栄誉賞を受賞した。彼の作品は、国際的に高い評価を受け、英語圏のみならずヨーロッパ各国の言葉に訳され、最近では韓国でも出版されているそうだ。70代も半ばにさしかかった今では、短編は百編を越え、児童向け作品集は30冊以上、小説、詩集、随筆、自叙伝、自然に関する作品が10冊以上あり、映画化やテレビのシリーズ化された作品もある。

今ITをはじめとする新しい産業を原動力として、インドは大きく変りつつあるが、農村地帯ではまだまだ貧しいところも多く、子どもたちも依然として重要な労働力で、都会でも小学生ぐらいの子どもたちが、生活のために働いている姿を見かける。そのような現実の中で、ラスキン・ボンドは「私たちの身の回りにある美しいもの、大切なもの、人生に見出せる良いものを、若い人たちに伝えていきたい」と述べている。そうした作者の思いの一端を、インド児童文学の会の会員有志8人の訳で、本書に結晶することができた。雄大なインドの自然の中で、それぞれの立場を懸命に生きる人々、特に少年少女達の姿から、日本の老若男女の読者が何かを感じてくれれば幸いである。

谷田恵子(清泉女子大学非常勤講師)