第参拾壱話「前夜」 |
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今回は、全編が妄想補完で暴走しております(苦笑)。
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季節は冬。 冬の富士山、それも、どうやら中腹あたりか、もうちょっと上――。 しんしんと雪も降っており、そりゃあもう寒い。 「うおお、このままじゃ凍え死んじまう。とっとと行こうぜ――」 京梧の言葉が終わらぬうちに。 ゴゴゴゴゴ…… 不気味な鳴動が、鬼龍組の一行を包み込む。 「大変! 雪崩が――」 誰かの叫び声も、押し寄せる怒涛と化した、大量の雪の流れに、押しつぶされた……。
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ぼこっ。 雪の中から這い出した遼次郎は、辺りを見回した。 さほど、遠くへは流されていないようだ。 空は、雪も降りしきる曇り空で、いまひとつ時刻はわからないが、 自分の身体の冷え具合などからして、まだ時間も、さして経ってはなさそうである。 「さて……」 基本的に、他の連中のことは心配していない。 自分と同じで、雪崩ごときで死ぬような、ヤワな連中ではないと信じている。 ただ、ひとりだけ。 直前に<蠱毒>を受けて倒れ、ようやく回復したばかりのひと―― そうでなくとも、能力に対する信頼とは別に、特に大切に思うあのひとだけは、話が別だ。 寸前に、なんとか庇おうと走り寄ったから、近くに居るはず――。 遼次郎は、藍を探して、歩きはじめた。 すると! 「血の……肉の……匂い……」 「喰ら……喰らう……」 「血……肉……喰らう……らぅ……るるひぃぃぃ」 地の底から聞こえるような、不気味な唸り声が聞こえたかと思うと、 どこからともなく、怨霊の大群が現れた! ――戦闘へ。
〜「こっちは今忙しいんじゃ、ジャマすんなコラぁぁぁ!」(笑)〜
歯牙にもかけずに一蹴した遼次郎は、 枯れ木の根元の雪だまりから、着物の袖がはみ出しているのを見つけた。 淡い紫の、藤の柄――。 (藍――!) 駆け寄り、雪を払うと、少し青ざめた顔の藍が現れた。 「藍?」 頭を動かさないように首を支えて、そっと抱き起こしながら、声をかけてみる。 「……う……ん。あ、……遼次郎?」 少し身じろぎをしてうめいたあと、目を開けて、こちらを見つめ、はっきりと応えた。 「よかった、無事だったか……」 「私……? そうだ、雪崩が! 遼次郎は? ケガはないの?」 藍はぴょんと立ちあがり、抱き起こした姿勢のままの遼次郎をきょろきょろと看回す。 (どうやら、この様子だと、藍の方にケガはないようだな……) 苦笑する遼次郎。
無事を確認しあった二人を、吹雪が包み込む。 「いかんな。これじゃ、他の連中を捜すどころか、また遭難する――」 「あそこ――洞窟じゃないかしら? あそこに隠れましょう」 藍の指差す先に、半分雪に埋もれた横穴の入り口が、ちらりと見えていた。 吹雪がひどくならないうちにと、急ぐ二人。
その洞窟は、奥行きは浅かったが、 二人が吹雪をしのぐ程度なら、なんとか役に立ちそうだった。 藍のひっかかっていた枯れ木を、遼次郎が蹴り折って持ちこみ、、 焚き火のマキ材と、洞窟の入り口に据えて雪除けの扉にすることに。 「――ここなら、雪もしのげるわ。……ちょっと、寒いけど」 二人で「扉」の設営を終え、焚き火の側に戻る途中。 寒いと言いながら、藍は、羽織を脱ぎ出した。 「……あ、藍?」 あわてて目をそらす遼次郎。 「あ……ごめんなさい、遼次郎。羽織と着物が濡れちゃったから……。 遼次郎は大丈夫? 濡れた服着てると、風邪引くのよ」
肌襦袢姿で、ちょこんと焚き火の側に座る藍。 こちらも上着を脱いで、袖なしの胴着姿の遼次郎は、 藍のその薄着姿を意識してか、少しばかり間を空けて座る。 ――と。 「――ねえ、遼次郎。もう少し……側に行っても、いい?」 おずおずと切り出す藍。 「あ……ああ。その方が、暖もとれるし……おいで」 「うん……くっついていれば、少しは暖かいものね。ありがとう……遼次郎」 ぴたりと肩を寄せ合い、焚き火の炎に照らされるふたり。
「……考えてみたら、こんなふうに、二人だけで過ごすのは、初めてね――」 しばし、炎を見つめて黙っていた藍が、ささやくように話し始める。 「……遼次郎。私ね、ずっと思っていたの。 あなたに出会う前の私は―― 自分の手の届かないところで、どんどん速さを増していく、時代という急流(ながれ)に、 ただ怯えているだけだった。 何かをしたくても、そんな勇気も持てず、どうすればいいかさえ、わからなかった……」
ぽつりぽつりと話す藍の思いを、遼次郎は、静かに聞いていた。 ぱちりと、火の中でマキのはぜる音がした。
「……そんな時、遼次郎――あなたと出会った」 炎を見つめていた視線を少しだけ上げて、遼次郎の顔をちらりと見上げる藍。 「あなたは、何者をも――運命さえも恐れず、ただ真っ直ぐに、 自分の信じた道を歩もうとしていた。 そんなあなたの背中が、私には、とても――とても、眩しかった……」 本当に眩しそうに、目を細める藍。 「……ねえ、遼次郎。あなたには――怖いものは……何も、ないの?」 ひたと遼次郎の目を見て、生真面目に問う藍。
「……いや、怖いものだらけさ」 いささか唐突なその質問にとまどいながらも、遼次郎は真摯に答える。 「俺たち武道家が、必要以上に修行に打ち込むのも、怖いから――かもしれないよ。 敵が怖い。負けることが怖い。死ぬことはもちろん怖い。 だけど、一番怖いのは……大切なものを、護りきれないこと――かもしれないな」 「大切な……もの……」 「ああ。ひとが一番、『力が欲しい』と思う瞬間。それは――何かを、誰かを護りたいと思う、 命に代えても護りたいと思う――そんな時だと思うから」 <あのとき>を思い出してか、厳しい表情で炎をにらみつける遼次郎。
「……よかった――」 そんな遼次郎の答に、心底安堵したような表情を見せる、藍。 「――だって、恐れるものが、本当に何も無いなら、 何も大切に思うものが無いというのと、同じことだと思うから……。 でも、そんなの、心配するほうがおかしいよね。 いつもあなたはそうやって、私やみんなを護ってくれていたんだから――」 「……」 「だけど、私は臆病だから、もっともっと、怖いものばかり。 誰かが傷ついていくのを見るのも、誰かを傷つけてしまうのも――、 目眩がするような、この時代の変化も、 この先に待っている戦いも――みんな、怖い……」 「藍……」 「でも……それでも、頑張って、自分の足で歩いて行こうって決めたの。 だって、私たちの戦いは、何かを傷つけるための戦いじゃない。 あなたは言った。大切なものは、命に代えても護りたいって。 私たちの戦いは、そのため――大切な何かを、護るための戦いだから。 そうでしょう? そうよね、遼次郎――」
必死にすがりつくようなその瞳に、遼次郎は、 ずっとそういうことで、藍は苦しんでいたんだな――と、改めて理解した。 辛くて苦しくて、怖くてしかたのない戦いが、 すべて間違った行為なのではないか――という思いは、 確かに不安でたまらないことだ。 だから、求めているのだろう。心の拠り所を。 だから――。 「――当たり前だろう?」 優しく、しかしきっぱりと答える遼次郎。 「江戸――鬼哭村――そして、共に戦う仲間たち。 俺たちの戦いは――、愛するものを、護るためのものだ」
強く言いきった遼次郎の言葉に、 藍は目を閉じ、胸の前に手を結んで、感じ入っていた。 もちろん、嘘なわけはない。 だが、遼次郎とて、同じ迷いが、まったくないわけではないだろう。 それでも、自分を励ますために、あえて断言してのけた、その気持ちが――嬉しいのだ。
「うん……。ありがとう、遼次郎。不思議ね……あなたがそう言ってくれただけで、 張り詰めていた心が、嘘みたいに溶けていって……、 とても、素直な気持ちに――なれるような気がする……。 ――本当に、大切なもの……。私の、護りたいもの……。 いつも遼次郎たちに護ってもらってばかりの私が、 こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど――私だって、護りたい。 自分の……大切に思っているものくらい……」
目を閉じたままの藍は、なんだか独白状態に突入してしまったように見えた。 だが、よく見ると、特に自分の世界に浸っているというわけではなく、 何か重要なことを言い出そうと、必死になって心を落ち着けようとしている様子なので、 遼次郎は、あえて何も言わずに聞いていた。
「……遼次郎。もしも、あなたに出逢わなかったら――、 こんな強い気持ち、私は知らないままだったかも知れない。 あなたに逢うことができたから、私は今……ここに、いるの――。 あなたと、いっしょに、大切なものを、護りたい……」 そこまで言うと、藍は言葉を切った。 すうっ――と息を吸い込むと、一大決心をしたように目をぱちりと開き、 くるりと身体ごと、遼次郎の方に向き直って、正座する。 そして――。 「――遼次郎。あなたが護りたいと言った、『大切なもの』の中に、 少しでも……『私』の存在は、入って、いますか……?」
正座したヒザの上に結んだ手が、震えている。 遼次郎を見上げる瞳が、ほとんど泣き出さんばかりに潤んでいる。 その一言は、藍にとって、ほんとにほんとに大変な決心が必要だったようだ。
そんな藍の姿に、遼次郎の瞳が、一段と優しくなった。 「俺の――いちばん、大切に思うもの。 俺が――それを失うことを、いちばん怖いと思うもの。 それは……」 すっ――と、藍の首筋をかき抱くように、腕を伸ばす遼次郎。 「それは――藍。きみだよ――」
遼次郎のその言葉を聞くや――、 ぽてっ、という感じで、遼次郎の胸に倒れこむ藍。 緊張の糸が切れたらしい。 そんな藍を抱きとめ、愛おしそうに苦笑する遼次郎。 「――遼次郎……そんなふうに想っていてくれたなんて、私、嬉しい……」 恥ずかしそうに、遼次郎の胸に顔を埋め、目を合わせないでつぶやく藍。 「あなたがいてくれるから……私は、恐れずに戦うことができる。 たとえ、この山の上に、何が待っていようと。 だって――、私の護りたい、大切なものは……、 一番大切なひとは……遼次郎。あなた、だから……」 藍のその言葉に、肩を抱く手にきゅっと力をこめる遼次郎。 と、その時。 風が吹き込んだのか、話に夢中で火勢が弱っていることに気付かなかったのか、 焚き火の火が、ふっと消えた。
「……静かね」 闇の中に、藍のやわらかな声が、耳をくすぐる。 「こうしていると、もう、あなたの鼓動しか、聞こえない……」 そう言った藍が、そっと身を寄せてくるのを、身体に感じる。 遼次郎は、藍を抱く腕に、さらに少しだけ、力をこめた。 薄着同士なので、その体温が直に伝わり、なんともいえず、暖かい……。 「遼次郎――側に、いて。……今夜は……ずっと……」
翌朝。 「おーい……」 「おーい、水箭戸――美里――聞こえるかあ……?」 洞窟の外から聞こえてくる、大勢の呼び声。
「あっ……遼次郎、起きて――」 すっかり晴れ渡った空の下、身支度を済ませて、洞窟から顔を出した藍は――、 とても、吹っ切れた顔をしていた。 「ふふふ……おはよう、遼次郎」 眠そうに起きだしてきた遼次郎に向ける笑顔も、年相応に屈託無い。 「みんなも無事みたいで、本当に良かった。 私たちの事を探しているみたい。早く――行かなくちゃ」 「……ああ」 なんとなく残念そうに、歩き出そうとする二人だったが、 藍が、ふと足を止め、遼次郎の上着の袖を引いて、引きとめた。 「……遼次郎。……昨日は……ありがとう……」 袖をつかんだまま、頬を染めて、うつむきながら、話し始める藍。 「……あなたがいてくれるから、私、がんばれる。 あなたにとっても、私が、そんな存在でいられたら――嬉しいわ」 「――藍……」 「――さあ、みんなが待っているわ。行きましょう、遼次郎――!」
――第参拾弐話「黄龍」へ、続く――
はい。冒頭にある通り、今回は「すべて」妄想補完です(笑)。 「いきなり全員が雪崩に巻き込まれ、 藍(相手は任意に選択可)と洞窟に避難し、一夜を共にする――」 という基本コンセプトだけです。いっしょなのは。
雪崩前に寒がるのは、本当は澳継クンで、京梧は強がる役ですし、 雪崩後も、本編では、藍はすでに目覚めていて、仲間を捜し歩いていまして、 むしろ見つけてもらったのは、主人公の方です(笑)。 もちろん、洞窟内で脱ぐイベントなぞ、ついぞありゃしませんし(笑)、 セリフ回しや仕草も、微妙に変えたり付け加えています。 抱き合ったりも、しやしません(前作では、あったのになあ……)。 いや、それを思わすセリフ回しはありましたが。 トドメに、本編では、ラストはきちんと全員と合流したところまで描かれてまして、 「さあいよいよだ。行くぞ!」 ――てなとこで終わるんですが、……端折っちゃいました。
今回の「妄想補完」で、一番苦しんだのは――、ノベル形式にしたので、 「遼次郎の言葉」を、きちんと書かねばならないところでした。 本編の藍の言葉と、無理なく噛み合うセリフにしたい――が、これが、むつかしい! 結果、ちょっとテンポが悪くなっちゃったかもしれませんが……。 だって、藍ったら、長広舌なんですもの。 まあ、照れ隠しと、主人公が無口(システムの都合上)なせいなんでしょうけど。
ところで、雪山で、吹雪の中、焚き火が消えたまま一晩過ごすと……、 凍え死ぬよ? ――と、お思いの方は多いかと思われますが(笑)、 藍が寝ついてから、遼次郎は起き出しまして、火を点け直した上、 寝ずの番をしてますので、大丈夫。 明け方になったのを確認してから、うつらうつらとまどろんでいたところに、 「おーい」だったので、眠そうだったわけです。 藍もそれは気付いてまして、申し訳なく思いつつも、嬉しそうです。
さらに、最大の焦点、「一晩をどう過ごしたか」については……、 ご想像におまかせいたします(笑)。
あー、長かった。……本編は、短かったのに。 (二人が愛の言葉を交し合っておしまいという、スゴいシナリオだったから)
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