番外編4 : 婚前旅行の思ひ出

新婚旅行をするお金もなく、現在は鶏がいるためにほとんど家を空けられない僕たちにとって、「旅行」と言えるものは、3年前の、今の家の下見を兼ねた秋田へのささやかなドライブのみだ。

「山村の家貸します」という雑誌の記事を見て応募はしたが、借りられると決まったわけではなかった。「応募者がかなりあって」という不安な話もあったが、僕には、何故か「絶対に借りられる」という確信があった。というか、激しい確信をもつことで、ツキを呼び寄せようという、半ばオカルトめいた心境にすらなっていた。確信を強めるために、あおいにもこの物件を是非見ておいてもらいたかった。

8月中旬、10時間ものドライブの末に、須川の峠を越えて村に入った。あおいは周囲を見回し、「毎日山に登れる」とはしゃぐ。家に着くと、「写真とって」と言い、玄関の前でバンザイをした。そして勝手に裏庭を歩き、窓から中の部屋をのぞきこんだ。気に入った様子だ。

せっかくの秋田旅行だからと、男鹿半島まで足を伸ばす。日本海が見えてくると、「泳ごうよ!」と言って車を停めさせ、普段着のままバシャバシャと夕暮れの海に入って行く。泳ぎの苦手な僕はあきれて眺めるだけ。

男鹿半島に入るともう夜がせまっていた。人家がほとんどない山道をヘッドライトが照らす。想像以上の寂しさ。どこに泊まろうか、夕飯は・・と次第にあせってくる。やっと公営の物産館のようなものを見つけるが、食堂はしまっている。2人とも腹ペコだ。みやげ売り場にかけこむ。「あ、ソフトクリームだ!」「そんなものダメだ。主食になるもの、炭水化物だ。」パック入りきりたんぽをようやく見つけ、車に戻る。どこかで焼こうと車を走らせるが、どんどん真っ暗な山林の細道に入ってしまう。やがて駐車場のようなところに出た。遠くからドロドロと太鼓の音。なまはげでも出そうなムード。心細いったらない。

が、あおいは平然とこの状況を楽しんでいた。テントを出してきて設営し、シュボっとコンロに火をつけて、きりたんぽをコッヘルで焼き始めた。少し固めのきりたんぽを、それでもおいしく食べ終えると、あおいは「さて、寝ますか」と、寝袋に入って間もなくいびきをかき、熟睡していた(あおいのお母さんが「この子は神経質で、線が細いというか、寝つきがとっても悪くてねえ」とよく話すが、僕には「あのあおいに限って」と、信じられずにいる)。

婚前旅行真っ最中の写真に非ず。ほんとは2年後の2001年秋に全国放送されたドキュメンタリー番組の中の一コマです。
イメージ画像

この旅で、僕はあおいのたくましさを思い知らされた。旅行中、ほとんどお金を使わずに済んだことにも驚いた。もっとも昔は、お母さんが言うように、繊細で心配症な子どもだったとあおい自身も言う(信じ難いが)。それを「これではいけない」と、細かいことは気にしない性格に意図的に変えていったのだそうだ。でも、どうもやり過ぎて「線が異様に太い」人になってしまったようである。しかし、このことで僕はかなり救われてきたとも言えるのだ。

「あの家は杉山さんに貸すことに決めました」という電話が大家さんからあったのは、この旅から帰って間もなくだった。

(2002.2.8)
30. わびしすぎた「ワカメいため」
29. ざるそば地獄
28. カレーはまずく作れ
番外編7. “ステキ”な暮らしは
遠く

27. カステラ・クリスマス
26. お菓子のライバル
25. 桜エビさえあれば・・・
24. おかゆ生活を偲ぶ
23. 「ワカメ炒め」VS
「マヨネうどん」

番外編6. 倹約妻との日々
番外編5. 雪の中のニ人
番外編4. 婚前旅行の思ひ出
22. つわりの終わり
番外編3. カラマーゾフのヤギ
番外編2. 貧しい食卓
21. あおいのつわり
番外編1. 農民あおい
20. 「コーシー」中毒
19. 肉なし「肉まん」
18. コロッケにあこがれて
17. 雪を食べる
16. 幻の愛妻弁当
15. アケビのヤケ食い
14. 村のおやつ
13. 確信の食事ぶり
12. キノコの道
11. ろくさんのイワナ
10. お菓子の家
09. ついに肥料まで・・・
08. オカラを取られたトリ
07. 怒涛のスイカ
06. うちのニワトリを食べる
05. さまざまなモチ
04. 「お好み焼き」の連続食い
03. 栗ごはんの日々
02. 熊のスパゲティ
01. 「玄米きりたんぽ」の末路
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