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その16 : 幻の愛妻弁当
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彰は激怒した。今日こそ、あのだらけた妻に文句の1つも言ってやらねばと決意した。
と、思わず太宰調になってしまうくらい、あおいはのんべんだらりと暮らしていた。 特に朝のだらけぶりは目に余るものがある。起きろ、起きろと耳元で再三くり返し、まともな反応があるまでかなりかかる。
おい、もう8時近いんだぞ」と言うと、「夜の8時?じゃ、もう寝なきゃ。」などと言って、よいしょ、よいしょとふとんを顔までかけてしまう。あげくの果てには、僕が先に起きて、ストーブに点火して、圧力なべに点火して、外の雪の積もり具合を見て来て、それをあおいに報告して、しかる後になら、起きてみてもいい、などと勝手なことを言う。なぜだと聞くと「一人でふとんにのびのびとまどろむのが好きだから」と悪びれもせず、のたまう。
ともかくスキー場に出勤する朝は一刻を争うので、そういうだらけた妻は放っておいて、さっさと起きストーブをつけ朝食の支度を始める。そのうち、やれやれしょうがないから起きてやるかとばかりにモソモソ起きて来る。ちゃぶ台に座って、例によってみそ汁を一気飲みした後、頂きものの味のりを3枚取り出す。なぜ「3枚(奇数)」なのか、よもやと思っていると、やはり自分が2枚食べてしまうのだ。
それからあおいは僕の昼食用に玄米おにぎりを3つにぎる。それを持って僕はスキー場へと向かう。駐車場で車の誘導をするのだが、吹雪の日は体の芯まで冷える。雪で白線が見えないので、スコップで線を引きつつ車をならべてゆく。午前中は特に忙しく、昼食まで休けいがとれないことも多い。
駐車場の小さな詰所で昼食をとる。メガネがやかんの湯気でくもってくる。口がかじかんで、おにぎりをうまく噛めない感じで、もどかしい。
「いつも、おにぎり。」といっしょに働く、中国から来た奥さんに指摘される。
これが好きだからね」と答えつつ、ある疑問が心に芽生える。
「確かに玄米おにぎりに文句はないが、しかし俺たちは”新婚さん”だぞ。世に聞く”愛妻弁当”とかいうのを一度くらい作ってもらっても良いんじゃないか・・・・」
夜、弁当の件を冗談まじりにあおいに話すと、「うーん」としばらく考えていたが、「そう言えば弁当って作ったことがないんだよね。一度バイトやってた時に作ってみたけど、おかずをぐちゃ〜とごはんの上にぶちまけた感じのへんてこなやつだったなあ・・」 そこまで聞いて、「やっぱり作ってもらうのは遠慮しとこう」と思った。
次の日、スキー場の詰所でいつものおにぎりを食べていると、袋の底に何か入っているのに気付いた。
小さなチョコレートのおひねりが3つ。少し前に湯沢の奥さんから頂いたものだった。あおいがそれを大事に食べていたのを知っていたので、よく気前よく3個も入れてくれたなあと思った。
・・・愛妻弁当か。どうせ我が家には入れるおかずもないしなあ・・・。
大切なチョコレートを入れてくれたあおいに感謝しつつ、1つを口に入れ、2つをユニフォームの胸ポケットに入れた。
(2001.2.14)
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