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その21 : あおいのつわり
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あおいの実家から送られてきた大分県銘菓「ホルトの木」。クリームをアーモンド粉の生地でサンドした彼女の大好物。これを目の前にして、あおいは浮かない顔で「いらないから食べて」と言うのだ。うーん、これはかなり重症だ。
三日前、ヒヨコを小岩井農場までとりに行った時、あおいは珍しく車酔いをした。でも次の日は友人と仁郷の牧草地でカレーを作り、例によって何杯もおかわりして食べていた。
昨日から「吐き気がする」と言って食事も採らないか、焼のりと小量のご飯を食べるだけ。好きだったナス炒めやトウモロコシ、いただいたアユにも首を振った。そしてついには、どんな状況でも絶対に食べたお菓子類、コーヒーも完全に受けつけなくなり、大して好きでなかった緑茶を静かにすすっている。
「まあ、健康にはいいことだな」と思ったりはしたが、何かおかしいのは確実だった。しかし僕の側にはそれを思いやる心のゆとりはなかった。トリ小屋の屋根板張りが大幅に遅れている。来たばかりのヒヨコや、ヤギのモモのためにも急がなくては・・・・。
朝の目覚めが一層悪くなったあおいに「おい、もう起きろ!」とどなり、スコップでの整地とクギ打ちを命じた。しかし、どうも彼女の動きが悪い。屋根から降りてきてもあまり進んでないのを見て、「オレがやる」とスコップを取った。あおいはしゃがんで、トントンと少しずつクギを打った。
その翌日には二人で屋根に上がり、雨の中、カッパを着て、板を打ちつけた。--そんなことをやっていた自分たちのあやうさをまだ知らずに。
婦人科の待合室で、妊婦たちにまじって、僕は主婦向けの雑誌のページをうわの空でめくっていた。やがて出てきたあおいは、周囲の人を気にしながら人差し指と親指で丸を作って僕にニッコリした。
「お祝いだ。何が食べたい?スシでもいいぞ」帰りの車で僕がきく。「いらない」「スパゲティーは?」「いらない」「アイスクリームとか?」「いらない」「じゃあ、何なんだ?さっぱりしたもので・・・・・」「あのね・・・なべ焼きうどん!」「・・・・」。
案外とヘビーなものを食べたがるもんだと思いつつ、うどん屋を探したが、車はもう村に入っていて、店はなかった。
「よし、帰ってもらったうどんをゆでよう。それでいいか?」あおいは笑顔でうなずいた。
(2001.9.1)
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