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その11 : ろくさんのイワナ
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今春、雪どけの沢で初めてイワナを釣り上げたときの嬉しさは忘れられない。本で見たままの、きれいな斑点模様。雪のくぼみの中に置いたそれは、まさしく宝石のようだった。 そして塩焼きした時のうまさ。
イワナはウグイなどに比べると(ウグイだって私たちには充分うまいが)、味は数段まさっている。淡泊でありながら、肉の味が濃く、ほのかな沢水の香りがする。塩味をつけてかみしめると、うま味がにじみ出る・・・。イワナはなかなか手に入らない私たちのぜいたく品であった。
だから、ろくさんの家のたくさんの水槽をのぞいた時は仰天した。尺を越える無数のイワナたちが青黒い背中を見せてウヨウヨ回遊していたからだ。18センチ位のイワナを釣って喜んでいた私たちがアホらしくなってしまう。ろくさんは須川温泉でイワナを焼いて売っているイワナのプロだ。
ろくさんは私たちの貧しい生活を知り、様々な食べ物やバイトの話を持って来てくれた。鶏のさばき方を伝授してくれたのもろくさんだ。
ろくさんはしばしば商売もののイワナの塩焼きを持ってきてくれた。私たちでは絶対釣れないような大きなイワナ。塩かげん、焼きかげんも完璧だ。狂喜して串を持ってかぶりつき、口いっぱいのホクホクした身を堪能した。
 堪能中
夕食は何を作ろうか、と迷っているところに、ろくさんの車の音。「おーい、いるかあ?今日は、須川のおにぎりと、肉まん、あんまんも持って来たよ。」
「やった!」あおいの方を見る。
「肉まん、あんまん?」と、早くも珍しい食品に心奪われるあおい。
まずはビール(ろくさん持参)を飲みつつイワナをかじる。皮やヒレの部分を僕が残すと「いい?」とあおいがハシで持って行く。「ここが一番うまいのにのう(最近老人言葉がはやっている)。」などと言う。残った2匹は明日のおかずにキープする。あおいは「どっちが肉まん?」と、ろくさんにしつこく聞いている。どっちでもいいと思うが彼女にとっては肉まんの方を先に食べることが死活的に重要らしい。おにぎりもある。日頃、塩だけの玄米おにぎりばかりの私たちには、白米の、のりのついた、しかも梅干しが中にひそませてある正統派のおにぎりが、クラッとするほどうまい。あおいは梅干しのタネをいつまでも噛んでる。
ろくさんは、私たちの食糧を減らしてはいけないと思ってか、いつも何も食べず、ナッツ類などを少々つまむのみ。
翌朝はイワナの身をほぐして炊き込んだイワナ飯だ。塩味が玄米にしみこんだ、香りのいい一品。
「イワナはやっぱりうまいのう」とあおいが茶碗を持ったまま微笑む。
(2000.11.10)
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