その22 : つわりの終わり

食欲のないあおいは、もはやあおいとは呼べなかった。

ロクさんがせっかく持ってきてくれた菓子パンや肉まん、あんまんも、みんな僕が食べることになった。かつて考えられなかったことだが、家にクッキー、チョコレート、まんじゅう等がダブつき始めた。あおいはかろうじておかゆをすすり、お茶を飲んだ。顔はすっきりと細くなり、珍しく「寒い」などと言うようになった。

そんな折、10月の検診の時に産婦人科の先生は「あと2週間のうちに、つわりはおさまる」と断言した。あおいは狂喜したが、一方で「そんなにはっきり言いきれるものなのか」という疑念も湧き上がってきたようだった。それくらい心身ともにまいって、いじけきっていた。

11月初めのある日、湯沢へのタマゴ配達に2人で行った。この日、あおいは比較的体調が良さそうに見えた。帰りにスーパーに立ち寄ると、あおいはパン屋のコーナーをのぞきこんでいる。「何か、1個ずつ買っていいことにしない?」と嬉しそうに言う。珍しいな、と僕は思いながら「クルミ・チーズ」というのを選ぶと、あおいは「私はこれ!」と言って、「森のかけら」というのを指さした。びっくりした。

この店の人気商品、「森のかけら」は生クリームをサンドしたパンをたっぷりチョコでコーティングしたかなりの「こってりもの」で、前回などは「今、1番買いたくないパン」とまで言っていたパンなのだ。「え、いきなりそこまで・・・」と僕は思いつつも「よしっ!」と言って森のかけらをトレーにのせた。

それ以降の回復は早かった。ダンボール箱にしまいこんでいたチョコパイを取り出し、「やっぱりうまいのう。」と言って食べ、いただいたブタ肉で焼肉、トンカツ、しょうが焼きを矢つぎばやに作った。

食べるスピードも速くなり、僕より先にご飯のおかわりを盛るようになった。「とても合わせていられない」などとじれったそうに言う。生のリンゴなど、つわり以前はあまり食べられなかったものにまで、巾を広げていた。産婦人科医の予言はあなどれない。見事に当たっていた。近頃では顔がまん丸にふくらんできて「病院でおこられるかも」と気にするほどになった。

「みかん食べる?」と言って、小さい方のみかんを僕にわたし、テキパキと皮をむき、パソコンの画面を見ながら、4房ぐらいずつガボッと口に入れる。「そんなにいっぺんに食うなよ」と言うと、「だって、こうやって大量の果汁を一気に摂りたいんだもんー」と答えるあおい。うん、これが本物だ!

(2001.12.22)
30. わびしすぎた「ワカメいため」
29. ざるそば地獄
28. カレーはまずく作れ
番外編7. “ステキ”な暮らしは
遠く

27. カステラ・クリスマス
26. お菓子のライバル
25. 桜エビさえあれば・・・
24. おかゆ生活を偲ぶ
23. 「ワカメ炒め」VS
「マヨネうどん」

番外編6. 倹約妻との日々
番外編5. 雪の中のニ人
番外編4. 婚前旅行の思ひ出
22. つわりの終わり
番外編3. カラマーゾフのヤギ
番外編2. 貧しい食卓
21. あおいのつわり
番外編1. 農民あおい
20. 「コーシー」中毒
19. 肉なし「肉まん」
18. コロッケにあこがれて
17. 雪を食べる
16. 幻の愛妻弁当
15. アケビのヤケ食い
14. 村のおやつ
13. 確信の食事ぶり
12. キノコの道
11. ろくさんのイワナ
10. お菓子の家
09. ついに肥料まで・・・
08. オカラを取られたトリ
07. 怒涛のスイカ
06. うちのニワトリを食べる
05. さまざまなモチ
04. 「お好み焼き」の連続食い
03. 栗ごはんの日々
02. 熊のスパゲティ
01. 「玄米きりたんぽ」の末路
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