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その29 : ざるそば地獄
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十文字のスーパー「ラッキー」で僕らは冬仕事用のヤッケを選んでいた。
「私が欲しいのがないなあ。これは裏地がフワフワしてて暑そうだし、これは厚手でムレそうだし、これは首までピッチリしていて暑苦しいし・・・。もっと薄い生地の・・・・。」
「おまえはひょっとして、防寒具を『涼しさ』で選んでいるのか?」
「当たり前でしょ。春ぽん、父ちゃんはすごおく寒がりなんだよ。父ちゃんの肌色の下着知ってる?あれが『ラクダ』だよ。『ラ・ク・ダ!』」
「ラ・・ク・・ダ?」
「つまらないこと教えるんじゃない!ところで帰ったら、お昼にオレはそばを打つからね」
「えっ、また・・・。よく続くのう」
あおいの表情が少し曇った。
最近、僕がコッているそば打ち。なかなか上達せず、太くてボキボキ折れるようなやつをイヤというほど食べさせてきた。
毎回「ちくしょう!水が多かった」とか「打ち粉が足りなかったか!」などと悔しい思いをし、打ち終わるとすぐにでもまたやり直したくなる。僕のわずかに残っていた「向上心」を刺激され、やけにモえてしまう。
自分の収穫した作物を食べられる品にまでもっていくという達成感もある。
「集中力」だ「無心」だと自分に言い聞かせて、こね鉢(ただのボール)にむかっていると、春が「とおタン、あい!」と言って「うさこちゃんとどうぶつえん」などの絵本をさし出してくる。
「はい、はい。かあちゃんに読んでもらってね。・・・大体、うさこちゃん自体が『どうぶつ』じゃないのかねぇ・・ブツブツ・・。」
ごくまれにすべてがうまくいって、ズルズルと食べられる長いそばが打てた時のうれしさはかなりのものだ。
が、この果てしない練習につき合わされる家族も大変だ。以前あおいは、そばの食べ放題の店で、僕よりもはるかに食べたあげく、「そばはそんなに好きじゃない」とフザケたことを言った。その彼女でもけっこう大変そうなのだ。
そばは冷たい「ざる」に限るという信念をもつ僕は、真冬でも温かいそばにすることを拒んだ。
冷水でキリリとしめたそば。四、五杯目ともなると、さすがの暑がりのあおいも「おなかが冷えきった」と訴え始める。僕は寒がりなのだが、こと自分の打ったそばとなると、冷たさが気にならなかった。出来を確かめたいという研究心の方がはるかに勝っていて、何杯も冷たいざるそばを食べることができた。
寒がるあおいを見て、「一矢報いることができた」ように思いながら。
(2004.1)
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