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その3 : 栗ごはんの日々
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こちらに来た当初、私たちの持っていた食糧は玄米とミソとわずかの梅干しだけであった。だから近所の林の中に無造作に栗がころがっているのを見つけて興奮しないわけがない。林の所有者が出てきて、おこられないとも限らないので、薄暗いうちに起きて短時間にテキパキと拾いまくった。
朝、4時30分に目覚ましのベルがなる。あおいは例によって全く起きる気配がない。いつものクセで深々と布団に頭まで完全にもぐって寝ている。誓って言うが、結婚してからの9カ月間、彼女が先に起きたことは、ただの1日もない。
「朝だよ、朝、朝。」
しばらく揺り動かし、毛布をはぎとると、やっと反応がある。
「う〜ん、起きなきゃ。よいしょ、よいしょ」
と目をつぶったまま言いながら、また毛布を肩までかけている。言っていることと、やっていることが逆なので、こういう時には作戦を変えてみる。
「栗だよ、栗、栗。」
「クリ?」
とたんにパッチリ目を開き、さっさとふとんから出て行く。
各自、ビニール袋をポケットにしのばせ、秋の朝もやの中を、ただの散歩のように歩いていく。辺りを見回し、パッと林の中に入って、素早く軍手をはめ、ふたてに別れて探し始める。イガを踏みながら、チェック。リスに食われているものも多い。手にトゲが刺さってもほとんど気にならない。あおいはワンゲルの習性でズンズン林の奥の方へと登って行く。
国道に車の音が聞こえる頃には拾うのをやめ、袋をジャンパーの中に隠し、何くわぬ顔で帰ってくる。
「100個ぐらいにはなったかな」
「これがタダとはねえ」
「こんど、栗ごはんにしよう」僕が言うと、あおいはきっぱりと
「いや、今から栗ごはんを作るの」
朝食を栗ごはんにすると言う。あおいは食材を見るとすぐに食べずにはいられないタチで、大根や山菜も台所で切りながら、生でバリバリ食べている。
かくして、新鮮な栗がゴロゴロ入った栗ごはんができあがり。
二人で喜びをかみしめつつ、この無料のぜいたくな朝食を楽しんだ。
あおいは栗がたくさんある部分を自分の茶碗によそった。彼女はこういう時は遠慮はしない。朝の冷たい空気の中で、ホカホカでホクホクの栗ごはんは、とてもおいしかった。
それからというもの、朝の栗拾いと栗ごはんは連日続いた。私たちの新婚の日々には栗ごはんのイメージが焼きついている。
大量に台所にたくわえられていた栗も、3日程埼玉に帰って、家を開けた時に、全部ネズミに引いていかれてしまった。
(2000.7.6)
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